花粉症が増えた原因

日本の戦後復興とスギ花粉症

スギ花粉症がクローズアップされ始めたのは、1970年代ごろからです。それまでにもブタクサなどの外来植物による花粉症は知られていました。
しかし戦前からいくつかのスギ花粉によるアレルギー症状と思われる症例が残っているものの、スギ花粉による花粉症はごく一部の患者と医療関係者などに限られ、世間的には全く注目はされていませんでした。

 

では何故、高度成長期の頂点を迎えた1960年代後半から1970年代にかけてスギ花粉が注目を集め始めたのでしょうか。それは花粉症患者の数が爆発的に増え始めたからです。
実は1970年代頃に花粉症患者が急増を始めたのと、日本の戦後復興の経緯には大きな関連性があります。

 

スギは成長も早く短期で更新できることに加え、戦後まもない頃の木造住宅など家屋の建材に適していました。そのため戦後まもなくから日本中の山地や里山にスギの木が多く植林されました。しかし急速に復興していく日本では産業や文化に大きな変化が現れました。
ひとつは木造住宅から、鉄筋コンクリートなど洋風のな住宅や団地、マンションへの移行です。これは杉の木の需要を大きく減少させる原因となりました。杉は花粉を飛ばし始めるまで20年ほどがかかります。

 

1960年代後半にスギ花粉症が拡大し始めたのは、1945−50年頃に植林された杉が育成し花粉を飛ばし始める年齢に達したのと同期します。杉が花粉を飛ばし始めたころには、すでに杉を伐採しても利用できる機会が大きく減少してしまいました。そのため多くの杉の木は山地に放置されることになったのです。

 

さらに、道路の整備や都市型生活環境への移行も花粉症の拡大の大きな要因となりました。道路をはじめ都市部の地面はコンクリートやアスファルトに覆われました。本来、地面に着地し大地に帰るはずのスギ花粉は、絶えず空中に何度も巻き上げられることになりました。

 

日本の高度経済成長と社会構造の変化が複合的に重なり合うことで、花粉症は日本の国民病といわれるほどの患者数に急速に拡大したのです。